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                           いつも心に太陽を!

 

  こんばんは。理事長の前田です。寒い日が続きます。冬晴れの空にちぎれ雲と工場の煙が流れてゆくのを眺めながら、今日は野外にてハムカツパンとコーヒー牛乳で昼食を摂っておりました。私の昼の定番メニューです。甘辛いカツソースとほろ苦いコーヒー味が合わさって美味しです。高校時代、購買部でもよく買って食べましたね。2時間目が始まってからこっそり教室から脱出しましてね。 ・・・・スミマセンまた話が脱線しました。

 さて2月6日ですが有田川町きびドームにて、第29回北方領土返還要求和歌山県民大会に参加してまいりました。

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              【会場内の様子 遠く根室市から石垣 雅敏副市長もお越しになりました】

  

 

  先だっての2月1日には全国各地の青年会議所(JC)が一斉に各駅前などで「北方領土の早期返還要求街頭啓発運動」(長い)を行い、我々海南JCもJR海南駅前にて実施致しました。ホッカイロ付啓発文を受け取って頂きました地域の皆様本当にありがとうございました。

  我々JCは『明るい豊かな社会の実現』のため、今もふるさとに戻れず、悲しみに暮れる島民の方々が、肉親の眠る懐かしい故郷に一日も早く戻れるよう 頑張ってまいります。

  北方領土問題と呼ばれ、現在ロシア連邦が武力にて実効支配をしている国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島はわが国固有の領土であり、明らかに旧ソ連時代から続くロシアの不当なる占拠であります。

  そもそも発端は先の大戦(大東亜戦争)ポツダム宣言受託による降伏〈8月15日〉のどさくさに紛れてソ連軍が千島列島を攻め、その矛先はやがて北海道のすぐ手前にある北方四島にまで及び、暴力的に実効支配したのです。それ以前に8月9日には米軍の長崎への原爆投下直後にスターリンは日ソ中立条約を一方的に破棄し、ソ連軍は満州や樺太に怒涛の如く攻め入り、当時開拓民などで内地から移住していた日本人に対し略奪や暴行殺害の限りをつくしたのです。また捕虜になった日本の将兵の多くは、シベリアの極寒地に強制労働として送られ少なくとも6万人の人が命を落としました。しかしそれ以上に多くの民間人が各地でソ連兵などにより蹂躙されたのです。

 千島列島のもっとも東にある占守島(しゅむしゅとう:アイヌ人はシーモリシ 親の島と呼んでいた)では日本軍の守備隊が終戦後の8月18日未明よりソ連軍の攻撃に遭い、自衛のための戦闘を行いました。激戦は21日まで続き、停戦後生き残った日本兵はシベリアへ抑留されました。大戦が終わり、やっと家族のもとに帰れるはずが、突然の戦いに巻き込まれてしまった無念さはいかほどだったことでしょう。ですが、もし彼らが命をかけて戦わなかったら、おそらくソ連軍は北海道まで侵攻していたでしょう。その後の冷戦の悲劇同様、日本も分断されていたはずです。多くの同胞を救って頂いたことに心から英霊の方々に感謝申し上げます。

 わたしは領土・領海問題に関しては絶対に譲歩はしてはいけないと考えています。固有の領土と記されているものは命をかけてでも守らねばなりません。それが我々日本国民の財産であり主権だからです。さらに言えば我々の子や孫の世代に欠けることなく渡してあげねばならない国益だからです。今プライドにかけて守ってゆかねば未来の日本人が困ってしまうのです。

 わたしがJCに入会した理由の一つには、JCは領土・領海問題に真摯に取り組んでいたからでした。一人一人の力には限界があります。しかし集団の力、スケールメリットを活かせば必ず世論は動きます。領土問題に従事している方は日の丸を背負って一生懸命頑張っております。あと足りないものは我々国民の後押しです。世論の盛り上がりです。

 わたしは諦めません。日本国国民である限り、北方領土をはじめ未だ還らない私たちの領土(いえ)を取り戻す運動を行なってゆきます。 還る日まで。

 お出迎え.JPG

      【会場ホールにて県民の皆さんをお出迎え。右から谷口ブロック会長、

       阿部理事長(那賀JC)、本職、森川直前理事長(有田JC)、

       吉田理事長(御坊JC)】         選挙立候補ではありません。

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                    【全国から応募した啓発文 会場入り口にて】

 

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           【展示コーナーにて 水産資源の豊富さがうかがえる】

 先月30日、北海道 羅臼(らうす)の刺し網漁船がロシア側に協力金を支払って四島海域に入る「安全操業」の漁を終え、帰港準備中にロシア沿岸警備隊所属のヘリコプターから照明弾を発射され船体各所(20箇所)に銃撃を受けたような痕跡見つかった。2006年8月には漁船〈第31吉進丸〉が歯舞群島 貝殻島付近にて銃撃をうけ乗組員1名が死亡、船長ら3名が拿捕され連行、拘束されている。ロシア当局の猛省を望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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