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いつも心に太陽を!

  皆さんこんばんは。理事長の前田です。三月に入りました。二月は逃げる、三月は去ると申しますが、時の経つのは早いものです。

  今日で長かったバンクーバー冬季オリンピックも閉会式を迎えました。オリンピックの時期はわたしはいつも以上に健康になります。なぜって日々即席日の丸おじさん(まだおにいさん)状態でテレビに向かって応援しているからです。パワーストーンじゃありませんが、わたしはいつも日の丸グッズを身に付けております。10代の時からですから長いですねえ。そういえば本物の日の丸おじさん(オリンピック応援団長 山田直稔さん)が北京オリンピックを最後に応援団長を引退されましたね。今はどなたが引き継がれたのだろう?空席のまま?日の丸おじさんオーディションがもしあるのなら、日ごろJCで鍛えた3分間スピーチとこのイッセー尾形似の一応爽やかな笑顔で(うちの野田君には負けますが)優勝できないでしょうかね?頑張りますよ!

  わたしの中の思い出のオリンピックとして、昭和59年(1984年)のロサンゼルスオリンピックの柔道無差別級の山下選手の金メダルは圧巻でした。決勝戦痛む足でエジプトのラシュワン選手に挑み熱戦の末、体勢を崩したところを横四方固めでの一本勝ちでした。

 表彰式では君が代が流れるなか、溢れる涙を拭いもせず国旗に注目している男山下選手に、当時14歳であった前田少年も涙でこの中継を観ておりました。以来今日までわたしはオリンピックの金メダルの表彰式シーンは涙が止まりません。何で?と言われても困りますが、確実に泣きます。悲しいドラマを観ても絶対泣かないわたしがです。でも表彰式のシーンはだめですねえ。俺は徳光さんか?とたまに自分でも思いますが、ここまできたら条件反射の世界です。だから応援の際にはタオルが必須なんです。

 オリンピック以外では昨年のWBCの日韓決勝戦も涙涙でした。今でも思い出すとやや涙腺が緩みます。そういえば世界一直後に当時の前窪理事長にお電話したら、電話口で鼻ぐしゅぐしゅの涙声でした・・・。この方もわたくし以上に涙もろい方でございますのでね。

 外では男子の沽券にかかわりますので泣かぬよう努力しております。はい。

 

 今回金メダルは一人もおりませんでしたが、浅田選手、真央ちゃんのあの悔し涙はわたしももらい泣きしてしまいました。本当に悔しかったんだと思います。

 ずっとずっと朝から晩まで練習に練習を重ね、ひた向きに努力をし、スランプの時も顔で笑って周りを明るくし、でも心の中で泣いていたのだと、わたしの勝手なイメージかもしれませんが、それでもあの悔し涙は素人のわたしにも強烈に響きました。ホンマに悔しかったんやなあ、と。銀でもよかったやんとはとても言えません。

 真央ちゃん金メダル取るまでこの紀州の日の丸おいやん(まだおにいさん)はずっと応援するからね!! 

 日本選手団の皆さん本当にお疲れ様でした。皆さんは我々の誇りであります。

 

 

 追伸 國母選手さん、あなたはこれからも『バンクーバー冬季五輪での日本代表』という肩書が付き、また次の大会でも代表になるチャンスが巡ってくると思います。でもその前に最低限服装のTPOは守りましょうや。あなたは誰でも着れるブレザーを着ていたわけではない。そのブレザーを着たかった者のためにも、これからビシッと決めるときはビシッと決めて下さい。古来着物の乱れは武士の恥と申します。

 抹香くさい事を申し上げました。同じ青年ですが、あなたよりは多く人生の門松をくぐった者の説教であります。ご無礼を。

 

 

 

 

 

 

 さて今日は南方旅行ご報告の続きも。【チェンマイ編 後半】です。

 

 

 チェンマイは別名 タイの京都と呼ばれるほど、古い寺院が数多くあります。

 かつてここには北タイ一帯で栄えたランナータイ王朝の都がおかれた地です。

チェンマイ 古刹.JPG

               【チェンマイでもっとも歴史の古い ワット・プラ・シン

                ワットはお寺の意味です。円柱の建物は仏塔で、

                この中に仏陀の遺骨が納められているそうです】

    

チェンマイ 仏像.JPG

 

 

【本堂の様子 仏様の表情が独特です】

 

 

チェンマイ 聖蛇.JPG

 

 

 【聖蛇ナーガ(タイ語パヤナーク)の欄干】

        

 

 

チェンマイ 象の絵描き.JPG    【絵を描く象さん チェンマイ北部のエレファントキャンプにて 】

 

 

チェンマイ 象の作品.JPG              【力作です でもかなり象使いさんヘルプしてたような・・・・

              まあマイペンライ(タイ語で気にしないの意)マイペンライ】

         

チェンマイ 象の鼻.JPG               【ここでのお約束事 象の鼻のせタイム もう一本後方から

             伸びている。このあと肩は鼻水まみれに

             後ろの象使いさん腕組みして「ったくよーしょうがねえなあ~」的

             オーラが感じる】

      

チェンマイ コガクン.JPG

                【チェンマイ担当のガイドのヂャム ちゃん 

                ニックネームはコガクンと命名

                うちのメンバーに似てるかと(目のあたりが)

 

                「ワタシ コガクンジャナイデスヨ~ ヂャムデース

                パンニヌッテタベルデショ」2時間おきに聞きましたよ

                日・英・中を話す才女

                ブログ載るのを楽しみにしてますとのことでした。】

 

   チェンマイの観光客の大多数は欧米人です。ホテルのバーやディスコなどはほぼアメリカ人客で占められてました。ある時ホテル近くの路地で地図を広げ几帳面にペンで細かく色分けしている白人さんのグループがおり、こんな事するお国柄はゲルマン民族だなと直感し「グーテンターク!(こんにちは)」と声掛けしたら、予想通りドイツ人でした。イッヒ ビン ヤパーナー (日本人です)と言ったらオオー ヤーパン(日本)ヤーパン(日本)と皆から握手攻めに。三船敏郎になった気分でした。

 もう少し日にちが有れば北部山岳地帯に住むバドゥン族(首長族)の村も行きたかったですね。ただビルマなどの国境付近はあまり治安がよろしくないそうで国際的な密輸団も横行し、ニセ警官による強盗も多発しており注意が必要です。

 次回はバンコクに進めてゆきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チェンマイ コガクン.JPG 

 

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