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2010年4月のアーカイブ

いつも心に太陽を!

   皆さんこんばんは。理事長の前田です。

  いよいよGWに入りましたね。期間中はおおむね良い天気だとか。

  わたくしは前半は仕事ですけれども・・・・。

  しかし五月晴れの季節は気持ちいいです。 私の青空 My Blue Heaven 

  JAZZですな

  この季節はたまにはクルマの窓を開けっ放して

  (この ~っぱなしはOKすよね豊田エリーさん?)ちょっとひんやりする空気を肌に感じてみたいですね。

  あと音楽も、青空に合うものを用意したいです。わたしの愛車 平成4年式セドリックワゴン

  通称コンパネ車にはCDラジカセを常時積んで走っております。カーステですか?とうの昔に壊れちゃいましたよ。夏場は窓全開でしのごうかと思って今、三角窓をクルマに付けようかどうか迷ってます。明らかに時代に逆行しておりますね。コンパネ車のお話はまたの機会に。

 

 

 5月の青空に合う曲ですか、洋楽ならそうですねえ、まずは

  THE DOOBIE BROTHERS ウェスト・コースト・サウンドの代表格です。

  1978年に発表された9枚目のアルバム Minute By Minuteの

  『 Here To Love You 』の軽快なサウンドや、また当時全米№1にソングになった

  『 What A Fool Believes 』(邦題 ある愚か者の場合)が爽やかです。

  ドゥービーの第二期黄金期を築いたアルバムです。(翌年グラミー賞受賞)

 それから

 モータウンレーベルのMarvin Gaye マーヴィン・ゲイ1971年作

  『 What's Going On 』[ホワッツ ゴーイン オン]は華麗で美しく今も人気が高いです。

 あとは

  映画【クール・ランニング】(1994年公開)は常夏ジャマイカのボブスレーチームの奮闘を描いたもので、わたくしも当時大学◎回生で映画館で観ましたね。これって1988年のカルガリー冬季オリンピックであった実話をもとにしていたんですってね。

  その中で流れていたレゲエ・シンガーJimmy Cliff  ジミークリフの

  『 I Can See Clearly Now 』もおススメです。

以上、理事長勝手にチョイスのコーナーでした。 ああタワーレコード行きたいなあ~

 

 さてさて皆さん5月3日の憲法記念日は

  和歌山ブロック協議会 明日を照らす実践会議主催の【憲法タウンミーティング】があります。この会議に副議長として我が海南JC東海監事が、そして馬田君、森下君も委員として海南JCを背負って頑張っていただいております。

  我々の日本国憲法です。私たち日本人が大切にしなくてだれが大切にしてくれるでしょうか?これから日本はどんどん激動の中に歩みを進めているような気がします。しかも無防備のままで。 憲法は不磨の大典と言われますが、果たしてそうなのでしょうか?時代に合わせてゆかねばならないんじゃないのでしょうか?

 そんな疑問をこのタウンミーティングにぶつけてみようと思います。

   5月3日 和歌山市 和歌山ビック愛 大ホール

   12時30分受付です。 宜しくお願いしますっ!!

 それからもう一つ皆さんにお願いです。

 前にも申し上げましたが祝日には各ご家庭で国旗の掲揚をお願いします。

 私たちの国の旗です。大事にしましょう!

 

祝日.JPG                【祝日 春分の日のときの東京の都バスです。

                 国旗をかざしておりました~(嬉)】

 

 さて黒沢牧場前編です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

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海南の魅力また発見!

いつも心に太陽を!

   皆さんこんばんは。理事長の前田です。ガンダーラから戻ってまいりました。

  願いも成就し嬉しい限りであります。

 

  さて先だっての土曜日の4月例会『魅力発見!海南めぐり! 体験バスツアー』にお越しくださいました皆さま、貴重なお時間を我々海南JCに頂き、誠にありがとうございました!  

  皆さまの笑顔が我々メンバーの起爆剤でありました。

  今回の例会はC.O.L.O.R(カラー)委員会さん《阪口委員長》が担当されました。

  このC.O.L.O.R

  Creation. Original. Leader. One. Resolution.

  のことでありまして、最後のResolutionは断固たる気性⇒覚悟とあいなります。

  創造性抜群の委員会名であります。そんなC.O.L.O.R委員会の皆さん、本当にお疲れ様でした! 委員会打ち合わせ、買い出し、スタッフ会議、全体会議、前日準備、当日設営と今までの事業なみの動きでしたね。本当にお忙しかったかと思います。お疲れ様!!

 そして阪口委員長、さかぐっちゃん、陣頭指揮お疲れ様でした。委員長が常に小脇に抱える段ボールの中に何が入っているのか興味しんしんでしたよ。(外交機密文書?)

 阪口委員長のあのキャラがみんなをひき込んでいったと思います。本当に気持ちの良い一日を過ごせました。ありがとうございました。

 ちびっ子ちゃんたちに交じって、いろいろ話されるおじいちゃん、おばあちゃんを拝察し、やっぱりおじいちゃん力、おばあちゃん力は健在だなと、確信した理事長でありました。

 今こそ我がまちに おじいちゃん・おばあちゃんムーブメントですな!

 

 今回も理事長カメラで一コマを撮ってみました。ストーリーの展開はJCプレスでたっぷりご覧くださりませ。本日は前篇です。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

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いつも心に太陽を!

   皆さんこんばんは。理事長の前田です。しばしご無沙汰をいたしておりました。

  すっかり新緑の時期でありますね。藤の花が見ごろです。

  わたくしはガンダーラへ旅をしております。

  そこに行けばどんな夢も叶うというGandhara。誰も皆行きたがるが、遥かな世界。

  まだまだ今は途上です。ですが、もうすぐきっと辿り着けるでしょう信ずる人たちとともに。

 

  さて前の日曜日は相澤 弥一郎 日本青年会議所会頭が紀州に来られました。

  岩出市のホテルいとうにて、会頭訪問が行われ、まずは県下8LOMの理事長と相澤会頭が膝をつき合わせて、いろいろと話し合いを致しました。わたくしと会頭は同じ昭和45年組で、親近感は人一倍であります。 お互いに最後まで悔いのないようにJCを全うしようと誓い合いました。

  常々申しておりますJCとは男気の実践です。

  わたしはいつか自分の子どもや孫たちに「お父ちゃんは、おじいちゃんは若いころJCに入って、ふるさとのため、お国のために頑張ったんだぞ」、と胸を張って言えるために今頑張っています。それが男の背中(生き様)を魅せるということではないでしょうか。

 当日の模様は谷脇総務広報委員長がしっかり目に刻んでおりますので、プレスでご覧下さいね。

 

 相澤会頭には一つ教育のことで気付いた事を申し上げました。

 最近小学校の教室には日本地図が壁に貼られていないことです。わたしが通った田辺市立第三小学校には当時、日本地図がありました。それを眺めながら、「日本って長細い国だなあー」って思ったもんです。自分の住んでる国がどこからどこまで在るんだろうかという気持ちが芽生えてこそ、郷土への愛着や、広い観点ではとなりの国は何ていう名前なんだろうと興味が出てくると思うのです。

 その一番効果的なアイテムが教育の場にないことに、寂しさを覚えると同時に、これで健全で国際的な人間が形成されるのかと不安に思います。

 たまたま私が訪れた複数の学校に無かったのか、わたしの発見する努力が足りなかったのか分かりませんが、いま全国的にどうなっているのか、日本JCのスケールメリットを駆使して調査して頂けないかと依頼致しました。本件に関しては相澤会頭や同席された長谷川副会頭も興味を示されて、一度調べてみると快く引き受けて頂けました。

 お忙しいのに誠にすみません。ありがとうございます。

 

 会頭講演会では相澤会頭は、60年前のJCの創生期に立ち戻って、我々は活動してゆかねばならないと述べられました。戦後の焼け野原のなか、戦勝国アメリカの統治下で、当時の青年たちは、「まず俺たちがやらねば誰がこの国を復興させるのか!誰かにゆだねるのではなく、誰かにしてもらうのではなく、俺たちが動かねばならない!」そう言って生まれたのが青年会議所です。まだ日本の主権が回復していない占領下での出来事でした。

 その後、物の豊かさは比べるもなく国は発展しました。

 『JCしかなかった時代』から『JCもある時代』と世の中は変わったと言われますが、JCの設立過程で育まれた

 『修練とは周りの人のために、自身をどう活かせば良いかの具現化』であり、この実践は半世紀以上の重みがあり、またこれを第一に行っているのは、星の数だけある団体のなかで、今も実は我々JCしかないのです。だからJC活動で得たことが会社や家庭で活用できるのです。

 出発が何もないところから否が応でも自分たちで知恵を絞って創ってゆかねばならなかったから必然的にそうなったのでしょう。

 今もJCしかない時代なのです。

 そんな団体に身を置いていることを誇りに思います。

 そしてその礎を創ってくれた当時の青年の皆さんを誇りに思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そうだ京都、行こう

いつも心に太陽を!

   皆さんこんばんは。理事長の前田です。今日は花冷えの一日でしたね。

  桜三昧の日々ですが、わたしは毎年四月の初めの時期には京都へ桜を観に行っております。

  京都は桜の見どころが沢山です。

  桜の花びらが舞う頃、京都にいるのはたまらない贅沢なひとときです。

  思うまま、心の向かうまま京の街を歩き、美しく彩る桜を見上げます。

  

 伏見の醍醐寺は太閤秀吉による「醍醐の花見」の舞台で有名です。広大な境内にはかつて秀吉が諸大名に命じ、近江、山城、河内、大和から取り寄せた桜の木々が花を咲かせます。この春霞の下で名だたる天下人たちが豪華絢爛の宴で杯を交わし、何を語ったのであろうか。平成の世から想像してみるのもいいかもしれない。

 時は移り変わっても、桜の美しさは変わりません。

 秀吉の正室、"ねね"ゆかりの高台寺方丈園のしだれ桜、仁和寺の朱色の鐘楼が映える紅色のしだれ桜も、凛とした空気が静かにほどけてゆきます。

 

 夜は桜を妖しく美しくひきたてます。昔ながらの風情を今に残す祇園界隈は日が暮れてから訪れたい。石畳に紅殻格子の町家、茶屋が並ぶなか、紅色の灯篭がほのかに照らし、闇夜の桜を幻想的に浮かび上がらせる。美しくかすむ朧月夜も桜との相性がいい。

  『清水へ 祇園をよぎる櫻月夜  こよひ逢ふ人みなうつくしき』

                                  与謝野 晶子

 

 八重桜なら平安神宮が綺麗だなあ。

 桜に逢いに      

 この週末  

 そうだ京都、行こう。 (JR東海のキャッチフレーズです。1993年から使われてますね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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願わくば櫻の下にて

いつも心に太陽を!

   皆さんこんばんは。春眠暁を覚えず、春爛漫の今日この頃であります。

  申し遅れました理事長の前田であります。

  良い季節になりましたね。桜餅と日本茶がほっこりと嬉しく、ああ日本に生まれて良かったなあとしみじみ思います。

 

  桜も今や見頃のピークをやや過ぎました。これからは八重桜が見ごろですかね。染井吉野はその花びらを風にのせて舞っています。

  世界中で日本人ほど桜の木を愛でる国民もいないでしょう。古来より人は季節の美しさを和歌などで表現してまいりました。特に花の散り際を美しく詠んでいます。

  そして桜と和歌は切っても切れない間柄です。有名な

 『世の中に 絶えて櫻のなかりせば 春の心は のどけからまし』 

                                   古今和歌集 在原 業平  

 『ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ』

                                   古今和歌集 紀  友則

など、桜がいつ咲くのだろう、この風雨で花が散ってはしまわないだろうかと心が落ち着かない。そんな心境を見事に詠っています。

 また江戸時代には「花は桜木、人は武士」と、桜の花の散りゆく姿を武士のいさぎよさに例えられて、桜は武士の精神的な象徴になってゆきます。

 『敷島の 大和心を人問わば 朝日に匂ふ 山櫻花』

                                   国学者 本居 宣長

 時代劇で有名な【忠臣蔵】には有名な桜の場面があります。

 江戸城 松の廊下にて播州赤穂五万石城主 浅野内匠頭が高家筆頭 吉良上野介への殿中刃傷沙汰により、即日に一関藩主 田村右京大夫の江戸屋敷にて幕府より切腹を命ぜられます。それは元禄十四年三月十四日ですから今の新暦ですと、だいたい4月の下旬でしょうか。

夕刻 桜吹雪の中を内匠頭は切腹の場へと向かいます。その時、

庭影にただ一人最後の面会を許された赤穂藩士 片岡源五右衛門がひかえ、君主と別れを致します。互いに言葉をかけることはできず、ただ涙にて無言のままです。やがて内匠頭は静かに歩みを進めます。涙を誘う名場面です。そして辞世の句は

 『風さそう 花よりもなお我もまた 春の名残をいかにとかせん』

桜の花の儚さと命の終焉を重ねた悲しい句であります。

 

春という季節は、陽だまりのなかに、のどかさと寂しさが同居しているように思います。

それは多分、桜の淡い美しさがどこか非現実的に観えるからでしょうか。桜を眺めている自分とその空間に隔たりを感じてしまいます。あまりに美しいものを観た時、「これってホンモノ?」と一種の錯覚をおこす、そんな不思議さが桜の木にはあります。

春はいつも出会いの時でもあり惜別の時でもあります。

森山 直太郎の『さくら 独唱』にも"惜別の時"という歌詞があります。

この曲は、わたしにはレクイエム[鎮魂歌]に聴こえます。でもただ寂しい曲ではなく、「俺も頑張るから、君もそっちで頑張れよ、でもいつかまた桜の舞い散る道の上で逢おうな」

空に向かって静かに語っている。そんな情景を想い起こします。

 

 

 『願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月のころ』

西行法師の句です。花は櫻のことです。人生の終わりを決められるのであれば、満開の桜の下がいい。桜はすぐに散ってもまた春には花を咲かせ人々の心を躍らせる。そんな桜の下がいい。満月の夜桜ならばなおさらよいではないか。 前田流解釈で恐縮です。

 春はいいですよ。ポカポカしてて。

 ではここで一句

     春の空 花吹雪の中で  桜もち  

                             理事長 心の句  (字余りすぎ)     

                           

 

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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